おススメ度★★★★★★(熊に興味があり、ちょっと分量のある本も読みこなせる方/本当のことが知りたい方/昭和初期・中期のアイヌ民族の庶民生活に興味のある方/科学的に生きてみたいと思われている方)
たまたま立ち寄った本屋で平積みされていたので、手に取って斜め読みしたら、面白かった。タイトルから、熊に出会った時の対処法アドバイス集か、アイヌ民族の熊信仰のお話かと想像していたが、気持ちよく裏切られた。
クマにあったらどうするか
実は、タイトルが「クマにあったらどうするか」ですが、本書のほとんどは、元熊猟師である姉崎さんについて聞き手の片山さんが、アイヌ民族の村の中での姉崎さんの生立ちや、熊猟師となった後で熊を歩いて追って行く中で掴んだ熊の生態、そして姉崎さんの鋭い考察(人間と熊の関わり合いの中で熊は人を襲わない様に淘汰されてきた・熊と出会ったら動いてはいけない・国道周辺だけ植林するので熊は国道・人里に出没する・害虫退治に山林に農薬をまいたせいで山の環境が崩れてしまい食べるものがなくなったクマが人里へ・ルールを破るのはいつも人間・等々)などの聞取りが続きます。
しかし、著者もタイトルを気にして、姉崎さんに聞きながら十か条として、熊に出会った時の対処法を(途中で)まとめている。
姉崎さんのすすめる10か条
(十か条にはありませんが、まず人を襲って反撃されずにいる熊がいるところへは行ってはいけません。これは、十か条が適応できないルール破りの熊だからです。そして、ルール破りの熊は、他の熊が見ているところで人間に殺処分される必要があるという、共存のための悲しいルールがあります)
(まず予防のために)
1.ペットボトルを押して「ペコペコ」鳴らしながら歩く。
2.または、木々を細い棒で縦に叩いて音を立てる。
(もし熊に出会ったら)
3.背中を見せて走って逃げない。
4.大声を出す。
5.じっと立っているだけでも良い。その場合は体を大きく揺り動かさない。
6.腰を抜かしても良いから動かない。
7.にらめっこで根くらべ。
8.子連れの熊に出会ったら、子熊を見ないで親だけを見ながら、静かにあとずさり。(その前に、母熊がバーンと地面をたたく警戒音に気を付けていて。もしその音を聞いたら、その場から速やかに立ち去る)
9.ベルトをヘビのように揺らしたり、釣り竿をヒューヒュー音を立てる様にしたり、柴を振り回す。
10.柴を引きずって静かに離れる(尖った棒で突かない)。
それぞれの理由・・・クマは人を見てたまげている
姉崎さんのいろいろな場面での共通の視点は、<熊は人を恐れている>という点です。
これは、歴史的に人を襲ったクマは人によって狩られているので、人を襲うクマは一掃されていて、また、人を襲ったクマが人に狩られるのを、他の熊が見て学習して<人を恐れている>との推察です。
会わない為に音を出す
このため、熊は藪に潜んで人が通り過ぎるのをじっと待っている。気付かないのは人間の方で、近づいてしまい、人に出会ったクマは必死で人を追い払おうとする<窮鼠猫をかむ>状態になるとの推察で、会わない為に音を出しながら山を歩きなさい・・・
ただし、熊が慣れてしまった音は無意味だ。国道近くでは車の音はすでに慣れているので逃げない。一番すごいのは千歳近くの自衛隊の演習場近くに住む熊と鹿で、演習の鉄砲の音に慣れてしまっているので(鹿のケースだが)仲間が鉄砲で倒れても逃げない。そこで、ペットボトルのペコペコ音はおススメ。
動かない
不幸にして熊に出会ってしまったら、動かない事が重要だと姉崎さんは云う。
この<動かない>は、<その場を立ち去らない>でもあるし、手や足をジタバタしないと云う事でもある。
まず、熊は人間が怖い。熊が仁王立ちした際は、襲うために仁王立ちしたのではなく、周囲に他の人間がいないか観察すると共に、逃げ道を探しているのだと云う。当然、にらみ合いながら、相手の強さを値踏みしている。
そして、熊の性質として、動くものを追う。
人が走って逃げれば、走った(動いた)ものを追う。これは、いくつかの事例で、数人で熊に遭遇した場合、腰を抜かしてへたり込んでしまった人を差し置いて、走って逃げた人を襲っている。熊は雑食だが肉食ではなく、食べるために人を襲うのではなく、動いて(怖い)人を襲う。
また、格闘する際も同様で、いくつかの事例では、倒れた人に馬乗りになってどうするか見極めるらしい(よだれが垂れてくる)。そして足をバタバタすると足を、手でジタバタすると手を噛むらしい。ある意味、俗説である「死んだふり」も、この視点からは有効だろう。しかし、姉崎さんが勧めるのは、反撃である。どうせかじられるなら、口の中に手を突っ込み舌を握り前後に動かせ!っと勧める。予想外の反撃で熊がたじろぐ。手にナタを持っていたら眉間を勝ち割る。こういった予想外の反撃を食らうと熊は、猫のようにふわりと飛ぶらしい。
ちなみに、車で走って逃げる際も、(姉崎さんではないが)追われて追いつかれた際にスピードメーターを見たら60km/hだったとの事で、(個体にもよると思うが)熊の走行速度は60km/hと北海道では言い伝えられているらしい。
関連して、2つほど。大きな熊(巨大な熊)は人襲わない。巨大になれたのは特別臆病だったからで、襲ってこないという。また、家畜を襲う熊は、人の恐ろしさを知っているので人間を襲わないのだという(家畜だけ狙う)。
熊時間で動かない
にらみ合いを続けると、お互い冷静となり、熊の方から去ってゆく・・・っと、ここで安心してはいけない。熊は茂みに隠れてじっとこちらを見ていて、すぐに動くと、上記の動いたものに対する反応をしてしまう。いなくなったからと走って逃げると、追いかけられてしまう。しばし、その場でじっとしておく必要がある(具体的にどのくらいとはわからないが・・・)。立ち去る時もゆっくり、周囲に気を使いながら立ち去る。
ヘビは嫌い
熊は人間にはかみつくが、ヘビは徹底的に嫌いらしい。
このため、腰ひもでも、ロープでも、(まるで小学生の様だが)ヘビだぞーっと、くねくね見せつけると熊は逃げるらしい。この辺は、動物園などでも試されている様だ。
俗説に荷物を投げ捨てながら逃げると熊はそちらに気を取られて助かると云うものがあるが、姉崎さんは否定する(動いているものを追いかけるので)・・・だが、ひもは別で、ヘビに見えるものは効果があるようだ。
この類かわからないが、襲うときも猫やウサギの様にひらりと飛ぶ熊だが、人が逃げる時に棒のようなものを挽きづって逃げると、そこを跳び越すことはないらしい。棒で反撃しようとすると一撃で倒されてしまうので、間違っても突いたり叩いたりしない。
本書の経緯
本が出版されたのは2002年4月。本を書いたのは、NHKスペシャルなどを製作している片山 龍峯さん。取材などで、北海道のアイヌの方で熊をアイヌ流儀で猟をしている人の存在を知り興味を持つが、話をしたがらない人だと聞きつけ取材は諦めていた。しかし、アイヌ犬の取材をしていると、姉崎さんを紹介され、その姉崎さんがアイヌ最後の熊撃ち猟師だった(当時、北海道では、すでに熊が絶滅の危機にさらされ、猟が禁止され保護活動が開始されていた)。
姉崎さんと知り合い、足掛け3年間をかけ、北海道の熊について、アイヌの熊との付き合い方を聞取りしてまとめたのが本書である。
姉崎さんは、北海道出身の猟師。熊を鉄砲などで数十頭狩ったベテラン猟師だが、単独での猟を好み、一般的には集団で猟を行うことから、異色の存在。山の中の熊の足跡を追いながら数十キロも山の斜面などを追跡して行くスタイルで、その中で熊の生態をはじめ、熊の心情をも洞察して行き、さらにその洞察を熊の実態と照らし合わせて確認して行く、いわば科学的な一面も持つ。本人曰く、熊から教わった・熊は先生。
片山さんが姉崎さんから熊の話を何回も聞取り、本書は進んでゆく。このため、重複箇所(同じ質問に対する同じ回答)も多いが、姉崎さんの考察が絶妙で、引き込まれて行く。
あらすじのあらすじ・・・やめときます
ここまで長くなってしまったのと、10か条をフォローするだけでも、本書の魅力が伝わると思います。
幼少期の時に過ごしたアイヌの村での出来事。アイヌと熊の親密性。鉄砲がもたらされる前のアイヌと熊狩り(毒矢の使用など)。これらを元にして、日本での人間と熊の関係を考察して行きます。
熊撃ちとして、熊を追いかけ、熊の生態に迫ります。また、熊の解体も手掛けることから、冬眠時の熊の生態にも深い考察をして行きます。熊は先生。
おススメの一冊です
内容が多岐にわたり、姉崎さんの半生(反省?)を追いかけながら、対談が続いて行きます。
ルールを破るのはいつも人間の方なので、ルールを決めても役に立たないという考察も深いものがあります。山の中でのジンギスカンの話も深ーいです。山の中でジンギスカンと酒盛りをするために、あんなに重い思いをして担ぎ上げるのに、帰る時は楽をするために残飯を土に埋めてしまうが、鼻がいいクマは土を掘り返してしまい、人里に美味しいものがあることを学習して行く。山の中の弁当滓なども持ち帰らねばいけません。この本は20年以上前にかかれているのですが、この辺は山の中のソーラー建設とクマ出没の関係などにもつながる話かと思います(知床の熊を叱る男も、誰かがクマに餌をやったために(テロ?)、熊と人間の関係が崩壊してしまったとテレビ・インタビューに答えていました)。
針葉樹の植林(針葉樹の中では熊は生活しない)と、国道まわりの植林などは、人里に熊が出没する要因との考察も深いものがあります。山中を針葉樹で植林し、人里近くに広葉樹の里山を築けば、広葉樹を好む熊が人里近くに現れるのは当然です。
こういった人間の営みの方の考察も深いものがあり、本書の魅力です。
関連リンク
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外部リンク
マタギ – Wikipedia
アイヌ文化 – Wikipedia

