2026/2/11の読売新聞の記事ですが、読んでいてちょっとウルっと来てしまいましたので、さわりだけですが、ご紹介致します。。
有料記事ですが・・・
[磯田道史の古今をちこち]戦時下、母子熊むごすぎる最期 : 読売新聞
昨今、熊が人里に降りてきて、人間と争いを起こしています。歴史研究家の磯田道史さんが熊に関する話を紹介しています・・・が、後段は娘さんへの読み聞かせなのですが、涙が出てしまいます。
(本記事のアイキャッチ画像・記事中の画像は、AI(Copilot)に描いて頂きました)
あらすじのあらすじ
近年のクマ出没に慣れてしまった磯田さんだが、200年前の松前藩(現北海道)の熊被害に驚く。曲亭馬琴らが編んだ随筆集「とえん小説」によると、松前藩では武士が馬を1,2頭飼うのが倣いであるが、その馬を狙ってヒグマが夜の厩に忍び込み、馬を食べてしまう・・・さらに大熊に至っては、その馬を担いで山に逃げ帰る・・・っと云うのだ。熊は利口で力がある。磯田さんは、本当だろうか・・・っと疑いながらも、クマよけスプレーを購入したようだ。

そして、磯田さんが子供達からこんな質問を受ける・・・「戦時中に京都の動物園は猛獣をどうしたの?」・・・。東京の上野動物園の動物が餓死したり薬物で殺害された悲しい話は有名だ。特に『かわいそうなぞう』という絵本は有名で、餓死寸前のゾウが一生懸命に人間に向かって芸をする姿は涙を誘う。一方、京都の動物園でも悲劇は起きていた。「京都岡崎動物園の記録」滝沢晃夫著によると、「猛獣類の殺処分」の節で、京都動物園の悲しい処分が書かれている。ヒグマの母子に「最期のご馳走」が与えられ、その後母子共に銃殺された。しかし、銃弾は固い骨を槓子出来なかった様で、翌朝母子ともに「室内にうずくまり、恨めしそうに人間を見ていた」そうである。やむなく、飼育員たちは針金を使って母子を絞殺した・・・・。
磯田さんはこの話を子どもに読み聞かせた。「戦争が何をもたらすかは伝わったと思う」と述べている。

記事はもっと良い
すみません。小生の文才がなく、記事はもっと良いのですが、遠慮がちに書いていることもあり、上手く伝わらないと思っています。記事は磯田さんの色紙絵も掲載されており、涙を誘う内容となっております。読売新聞を取られている方は無料で読めますのでリンク先をご参照ください(元々、読売新聞朝刊の記事です)。
馬を担ぐ熊の話で思い出したのがOSO18。馬ではなく、牛ではあったが、牧場から林へ引きずり込んでいた様だ。すさまじい。
以前、ハイブリット熊の話も記事にしたが、熊との共存をはかって、悲劇がない様にしたいものだ。
関係リンク
磯田道史 – Wikipedia
曲亭馬琴 – Wikipedia
かわいそうなぞう – Wikipedia
京都市動物園 – Wikipedia
恩賜上野動物園 – Wikipedia
OSO18 – Wikipedia

