大昔、もう数十年も前のことだが、英語もしゃべれないのに海外出張を命じられ、泣く泣く野口悠紀雄さんの超旅行法を読んだ。たしかその中に書いてあったことだが、日本人旅行者は海外のお店で嫌われている・・・なぜなら、何も買わないで店を出る時に「サンキュ」って言わないから・・・。
泣く泣く行ったアメリカ出張の合間、ちょっと小綺麗な商店街に連れて行ってもらい、これまた小綺麗な雑貨屋さんでお買い物を・・・楽しむゆとりはなかった・・・が、入り口付近でちょっと過ごしたのだが、本当に何も買わない人も出口付近の店員さんにThank youって言って出て行った(常連さんかも知れなかったのだが・・・)。そして、明らかに日本人旅行客とわかる方々は何も買わず案内もされなかった店員さんには何も言わず出て行く。う~ん。
さて、数十年後の日本では
日本国内だが、子供が生まれて、ご飯を食べに行ったり買い物に行ったりするとき、見本のつもりで店員さんには「ありがとう」っと言うように心がけた。自然にできない自分が情けないのだが・・・。
ただ、明らかに外国人労働者とわかる方には好感を持って受け取られるのがわかるのだが、日本人店員には困惑される。そう思って、周りを見回すと「ありがとう」と店員に行っている人など皆無だ。
そう思って、街中で見回すと、ありがとうはもとより、「どうも」さえ言っていないような気がする。軽く会釈、というか首を動かして謝意は示しているが言葉は発していない気がする。若い時は「どうも」で止めず「どうもありがとう」まで言えと周りの大人から言われた気がする。
挨拶も言葉を交わさない、お礼も言葉を交わさない、そんな大人は小生の周りだけだろうか?
ペリーに礼儀正しいと言われた日本人はどこに
子供の頃は(数十年前だが)、もっと言葉を発した気がする。下町っぽいところで育ったせいだろうか?確かに、小学校では大人に挨拶するようにしつけられたし、挨拶すると誉められた。今でも、小学校の通学途中に小学生は挨拶してくれる。でも、挨拶を受けた小生はドギマギしていたりする。街中で見知らぬ人から挨拶を受けるという機会が滅多にないからか?
江戸時代、ペリー上陸のこぼれ話で、日本人は礼儀正しかったと聞いたことがある。日本人はこの数十年で変わってしまったのだろうか?「ありがとう」だけでそこまで考えるのは飛躍だろうか?
子供が成長した後も、やや意地になって「ありがとう」と言っている自分がここにいます。
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野口悠紀雄 – Wikipedia
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