(アイキャッチや挿絵はAI(Co-pilot)に描いて頂いております)
小生には一生後悔していることがたくさんあるが、そのうちの一つである、バイト帰りの地下鉄での出来事。今は昔、昭和が終わろうとしているころの話。
バイト帰りの夜8時ごろの地下鉄は、サラリーマンやOLでラッシュアワー程ではないものの座っている人より立っている人の方が多く、駅ごとに乗客が多くなった。うまい具合に、自分の前の人が降りて行き、座席に座れた。ラッキー・・・・座れたことが、後で恐怖に繋がって行くとは・・・。
バイト帰りのいつもの混雑した車内の風景なのだが、いつもとは違った面々が3人乗っていた。土木作業員風の方が3人、一人はロングシートに寝転がり、ひとりは親方風で手には一緒瓶を持って上機嫌ににこやかに座っていた。もう一人が隣に座る若いサラリーマンとちょっとしたイザコザが始まって、車内は変な雰囲気に包まれ出した瞬間だった。

親分肌はイザコザを止めるも・・・
親分肌がイザコザを起こした一人に「オイ!やめろ!」っと、一喝すると事態は急変。車内は静まり返った。親分肌は周りを見回しながら、「みんな仕事帰りで疲れてるのはわかってる・・・~~~・・・俺たちだって疲れてるんだ」と状況をまとめた後に、「前から疑問に思っていたことがあるんだ」っと話を切り替えてきた。
「俺たちはこんなにつらい労働をしてクタクタなのに、机に座って楽しているお前たちの方が何で給料がいいんだ?」
お前答えろ!
そして、学校の先生のように手に持った一升瓶を一直線に前に出すと、「お前、答えろ!」っと、対面のロングシートに座っている一番端のスーツを着たヤング・サラリーマンに、学校の先生のように指名した。その男はモジモジしながら下を向き、いつまでも黙っていた。
「おい!こたえられねぇのか!」
親分肌は、しびれを切らすと、隣のOL風の女性に、「お前答えろ!」っと、一升瓶で指名した。
女性も下を向き無言を貫いた。
何を隠そう、順番で行くと次は小生なのだ。
必死で考える
次に指名された時に備えて、頭の中で答えを必死で考えてみる。
僕はバイトです・・・って、答えも頭をよぎったが・・・
最初に浮かんだのは、小学校(中学校?)の先生に教わったような気がするが、人間は動物なので、肉体を動かすよりも考える方が辛いと言ったことだった・・・・でも、給料とは結び付かないし、答えになっていない様な気がした。
次に、考えに浮かんだのは、給料と直結した話だが、秦の始皇帝の中国統一後の恩賞の配分の不公平の話だ(当時、吉川英治の三国志を読み進めていたので、中国戦国時代の話が好きだったのだ)。
秦の始皇帝は、天下統一を成しえた後で、部下に恩賞を与えたのだが、文官に多くの恩賞を与え、武官より恩賞が多かった。さすがに、武官から不満がでて、一人が始皇帝に尋ねた。
「陛下、何故命がけで戦いを勝ち進んだ武将たちよりも、後方で安全な場所にいた者たちの方に恩賞を多く与えるのですか?」
すると始皇帝はこのように答えたと言う
「狩猟をする際に、どんな優れた猟犬でも、狩人が優れていなければ猟は成功しない。(命がけの)猟犬より狩人に恩賞を与えるのは当たり前だ」(もうちょっと、的確な表現だったと思いましたが・・・すみません)
・・・・(現実に戻って)こんなことを親分肌に回答したら、一升瓶でぶん殴られるに違いない。
しかし、隣でもじもじしているOLは答える様子もない・・・・親分肌の一升瓶が床を離れる・・・どうしたらいい?
その瞬間だった
「ちょっと、よろしいですか?」
薄茶色のジャケットを着た小柄な初老の男性が親分肌の元に近づいて話しかけた。
「オウなんだ」
そう答えると、初老の男性は親分肌の隣のわずかな隙間に座り(座る瞬間にあんなにキツキツに座っていたのに他の人が詰めて、十分なスペースになった)、親分肌に小声で何かを語りだした。親分肌は、初老男性の語りに耳を傾けて、時折うなづきながら、「ほう」などと相槌を打つ。
車内の人間は、親分肌と初老の男性に皆が注目していた。
一通りの説明が終わると、親分肌は大いに納得し、満足した様子で、
「おまえらも大変だな。ガンバレよ」
っと、言い残し、他の二人を連れて、停車した駅に降りて行った。
そして後悔
車内は安堵に包まれた。
初老の男性のまわりの方々は、男性にお礼をしていた。
「ケッ、何だったんだ!」と近くの人がドブつく。
次の駅で、初老の男性を含め、多くの乗り合わせた人が降りて行った。
小生は、正直、次に当てられるとの緊張からの解放で、喜んでいたが、しばらくして、初老の男性は、あの親分肌に何て言ったのだろう・・・っと、考え始めた・・・・そして、いまでも考え続けている。
労働と対価の関係、賃金の決まり方、専門職と総合職、方針の決定と人を束ねる技術、そもそも仕事と報酬など・・・いろいろ知識はつけたし、一定の答えは出せるつもりだ。
でも、親分肌に、あれほど頷かせるほどの回答は思いつかない。
小生の中では、秦の始皇帝の逸話から脱していないし、ある意味で事実ではある。
いろいろな場面で、話の種にもしてきたが、親分肌を頷かせる様な回答にはいまだに出会っていない。
なぜ、降りて行った初老の男性を追いかけてでも、何を話したか聞かなかったのだろうと、いまだに後悔している。

